当たり前が違うということ ― 小麦を選ぶときに思うこと ―
当たり前が違うということ
~ 小麦を選ぶときに思うこと ~
小麦粉にも、いろいろな種類があります。
私はまだ、そのほんの一握りしか使ったことがないと思います。
農家を始めて知ったのは、
どんな作物にも、実は驚くほどたくさんの品種があるということ。
同じ名前で呼ばれていても、
味も、性質も、育ち方も違う。
それは本当に興味深く、面白い世界です。
私が現在使っているのは、スペルト小麦。
古代小麦と呼ばれ、約7000年前からヨーロッパで食べられてきた小麦です。
今ある小麦の原点とも言われる存在に、
魅力を感じないわけがありません。
現在使っているのはドイツ産。
以前はアメリカ産のものを使っていました。
価格のこともあります。
現実的な選択でもあります。
けれど、それだけではありません。
なぜ、有機を使うのか。
小麦のことを調べていると、
“基準”という言葉に出会います。
残留農薬の基準。
有機の基準。
栽培方法の違い。
ヨーロッパは、日本より厳しい面が多いとも言われます。
でも向こうでは、
それが特別な努力というより
「当たり前」として続いている。
それだけ歴史が長いのだと思います。
育てる人も、
選ぶ人も、
無理をしている感じがしない。
その流れの自然さが、私は好きです。
小麦について調べていると、
ポストハーベストという言葉にも出会います。
収穫後の農薬処理のこと。
輸入小麦の話になると、
不安の声が上がることもあります。
でも、農業に携わる身として思うのは、
農薬の話は単純ではないということ。
気候も違えば、
病害虫の環境も違う。
大量に安定供給する責任もある。
日本が多く使っていると言われる背景にも、
きちんと理由がある。
だから私は、
善悪で分けることはできません。
そのうえで、
有機という基準をひとつの目安にしています。
無理なく続いてきた流れの中にある基準を、
静かに信頼しているだけです。
日本には、日本の当たり前があります。
品質を均一に保つこと。
収量を安定させること。
価格を抑えること。
それもまた、長い歴史の中で築かれてきた感覚。
どちらが正しいという話ではなく、
背景が違うだけ。
私は、ヨーロッパの小麦に
「正しさ」を求めているわけではありません。
ただ、
その土地で当たり前に続いてきた農業の空気や、
風土に沿った流れに惹かれているのだと思います。
アーミッシュの暮らしに心が動くのも、
きっと同じ理由です。
特別なことをしているわけではなく、
昔からのやり方をそのまま守っている。
日本では少し特別に見えることが、
向こうでは日常。
その違いを知ったとき、
私は素直に、素敵だなと思いました。
粉は、ただの材料ではありません。
どんな土で育ったのか。
どんな考えの中で作られてきたのか。
農業に携わるからこそ、
その背景ごと受け取りたいと思っています。
スペルト小麦の、
静かで奥行きのある風味。
主張しすぎないけれど、
確かに存在感がある。
その味が、
私のお菓子の空気に合っている。
だから、選んでいます。
“Different places hold different standards.
I simply choose what feels honest to me.”
関連情報